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奈良時代ならじだい

奈良を都とした時代(710年-784年)。 天皇を中心にした、律令時代の盛期。 文化史上の天平てんぴょう時代。 前期は大宝たいほう律令制定の後、平城京建設、和同開珎わどうかいちん発行、辺境開拓、産業開発、記紀や風土記編纂へんさんなど、元明・元正女帝のもとで貴族が積極的に事業を推進したが、天平(729年-749年)ごろ律令国家の重圧によって農民の浮浪ふろう・逃亡や疫病流行がめだち、藤原広嗣ひろつぐの乱が起こり、時代の転換期となった。

コトバンクより引用

奈良時代の衣裳

奈良時代の天皇

あいつぐ遷都、複都制

複都制とは、国家の首都機能を複数の都市に置く制度のことで、中国では北周が長安を都とし東方の洛陽を東都とする複都制をとった。隋や唐もこれを引き継ぎ、特に唐は開元十一年(723)に太原を北都として加え三京とした。

中央集権国家の複都制では、皇帝が常住する都を上京、上都、京城、皇都、京師などといい、その他の都を陪都ばいと留都りゅうとなどという。難波遷都などは、正確には天皇の陪都巡守や皇都昇格であり、都を移す遷都とは異なると考えられる。

日本では天武十二年(683)飛鳥の倭京の外に難波に陪都を造営したのに始まる。8世紀にも聖武天皇は平城京に対する陪都として、難波京のほかに恭仁京が造営された。一時、淳仁天皇により保良宮(北京)・称徳天皇により由義宮(西京)が営まれたがすぐに廃された。複都制は延暦三年(784)長岡京遷都に伴い難波京が廃止されるまで続いた。

奈良時代の皇宮位置

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