
「比禮(比礼)」は「領巾・肩巾」とも書き、首から両肩に掛け左右に垂らした細長い帯状の布で古代の女性の装身具の一つです。『古事記』には葦原色許男命が蛇や蜂のいる部屋に閉じ込められた際、須勢理毘売命から渡された比礼を振ることにより助けられたとの記述があり、本居宣長は『古事記伝』の中で「ひれは振手の約で、もとは振る料のものであろう」と記しているように、本来は虫などを追い払うために用いられた布のようです。
平安時代に成立したとされる『先代旧事本紀』には十種神宝と呼ばれる10種類の宝物の内に「蛇比禮」・「蜂比禮」・「品物比禮」があり、これらを用いれば死者も蘇らせることが出来ると伝えられています。
このように呪術的なモノとして扱われた比礼は武器から儀礼の品へと使用目的が変化した鉾に付けられるようになりました。
写真は鉾に付ける比礼の寸法見本と木型で、大正天皇もしくは昭和天皇の即位式の際のものと思われます。

庭上に鉾を立てる事は江戸時代にも見られ、明治時代に制定された登極令にも踏襲されました。大正天皇の即位式では庭上に立てられる鉾の他、威儀物としての庭上参役者が執る「威儀ノ鉾」もあり、更には昭和大礼からは大嘗祭が行われる大嘗宮の神門に立てる鉾も楯と共に復活しました。
「威儀ノ鉾」の形状は邪気を払い悪魔を押さえつけるための舞である「厭舞」に用いられる鉾を採用していますが、本資料は大きさや形から庭上に立てる鉾の比礼であると思われます。
大正天皇の大礼記録には鉾について「無枝木製銀箔押、長サ一尺六寸、鍔ハ厚サ二寸、圓徑四寸、金箔押柄ハ黑漆塗、長サ十尺九寸、石突鐵麿キ銀箔押鍔下一尺五寸ノ位置ニ金物ヲ打チ、錦旛ヲ懸ク。其ノ仕樣、旛類ノ竿ニ同ジ。錦旛ハ赤地ニ雲形金絲ヲ以テ鞆繪ヲ繍シ、兩面トス。長サ二尺三寸、幅一尺三寸、鞆繪徑五寸、但シ旛ノ仕樣・金物・釣紐等ハ旛類ニ同ジ。」とあり、比礼を錦旛と記しています。

『大正四年大礼写真帖』,審美書院,
大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション
httpsdl.ndl.go.jppid965982 (参照 2025-05-03)
