大正時代の御即位

―大正御即位御用 日月像纛幡 金銀垂見本―

(風俗博物館所蔵)

孝明天皇までの歴代天皇の即位式では大極(だいごく)殿(でん)紫宸(ししん)殿(でん)の前庭に多数の「宝幢(ほうどう)」と呼ばれる幟が立てられました。太陽を(かたど)った「日像幢(にっしょうどう)」には三本足の烏が、月を象った「月像幢(げっしょうどう)」には蛙と兎が描かれ、その他にも東西南北を守護する霊獣が描かれた「()神旗(しんき)」が並ぶなど中国の影響を多分に受けていた為、明治天皇の即位に際しては「神武(じんむ)創業」の国家理念から新たな即位式が考えられました。

宝幢に代わって「幣旗(へいき)」と呼ばれる日本神話に出てくる真榊に似せた、竿頭に榊の枝と鏡・剣・玉や五色(ごしき)の幣(帯状の布帛)などを付けた幟が立てられ、「日幣旗」には鏡と赤色の幣が「月幣旗」には鏡と白色の幣が付けられました。

その後明治42年に天皇の即位に関する登極令(とうきょくれい)が定められ、大正天皇の即位式では明治天皇の即位式とも異なる様々な幟が考案され、日像纛(にっしょうとう)(ばん)」・「月像纛(げっしょうとう)(ばん)が作られました。

(とう)」は竿頭に()髪状(はつじょう)につけた房飾りのことで中国の古制では牛尾や馬尾等を以て作るとされていました。日本でもこれに倣って黒毛の牛尾・馬尾で作られましたが、鳥の羽根や麻荢(あさお)を以て作ることもありました。当初は儀仗用として龍・虎・熊等の旗に掲げ陣頭に立てて軍容を厳めしくしたと言われます。

しかし即位式ではその意味を異にし、日月(にちげつ)大錦旛(だいきんばん)の竿頭を飾るために従来の牛尾や馬尾に代わって金銀の細布を用いた纛がつくられました。ただし纛の形状は旧来のままとし、竿頭の丸型の金網に巾8分、長さ最長4尺5寸から最短2尺3寸の細布に金箔・銀箔を押したものを付け、垂の長さ3尺5寸、円径3尺の円形としました。金銀の細布が垂れているのは幣の一種として考えられ、これは明治天皇の即位式の際における日月幣旗を継承したものと見ることが出来ます。

「日像纛幡」・「月像纛幡」は令和の即位式でも登場しました。

大正天皇即位式
日像纛幡・月像纛幡(風俗博物館所蔵)