
纓は冠の後方に垂れ下げた帯状のもので、鯨の髭や籐で作られた枠に羅などの生地を張ってつくられ、使用の際は冠の後ろにある纓壺に差し込みます。
形状から立纓・垂纓・巻纓などの種類があり、元は冠を髻の根元に結び止めていた紐の名残であることから、今日でも二枚を一組にしてつくられています。
紋は菱形を用いましたが、菱も家によって異なり一条家では菱、二条・九条家では四ツ目菱、また近衛・鷹司家では俵菱で、この五摂家の門流の家も同様の紋を用い、天皇も江戸時代までは冠親である摂家の紋を用いていました。
紋の数は冠本体と併せて三十一乃至三十三でこれを繁紋と言い、これに対して遠紋と呼ばれる冠は纓の端に「かすみ」と呼ばれる三本の横線があるだけで、五摂家の門流以外の家と地下の家が用いました。
大正大礼では天皇は十六表菊、皇族は俵菱、高等官は四ツ目菱の冠となっています。
