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檜皮ひわだ

檜皮1枚目

ヒノキの樹皮、「檜皮(ひわだ)」です。
京都御所の殿舎の屋根は、この「檜皮」を何層にも厚く葺き重ねた「檜皮葺き(ひわだぶき)」。これは世界で類を見ない日本独特の屋根施工法で、飛鳥時代から記録が残っています

『扶桑略記』
天智天皇七(668)年戊辰正月十七日、於近江国志賀郡、建崇福寺。(中略)同寺縁起云、金堂一基、五間檜皮葺、奉造坐弥勒丈六一躯、并脇侍二菩薩像。

奈良時代から平安前期までは、「公的な建物=瓦葺き」「私的な建物=檜皮葺き」であったようですが、国風文化の発展と共に、檜皮葺がメインの建物の屋根になってゆきました。神にお仕えする皇女「斎宮」の忌み言葉として、「お経」を「染め紙」と呼び、寺院を「瓦葺き」と呼んだように、寺院が瓦葺き建築の代表例となったのです。

『宇津保物語』(藤原の君)
カクテ、后の宮、三条大宮のほどに、四丁にて、厳き宮あり。公、修理職に課せ給ひて、左大弁を督して、四丁の所を四に分ちて、町ひとツに、檜皮の大殿、廊、渡殿、庫、板屋など、いとおほく建てたる四が中にあたり、おもしろきを本家の御料に造らせ給フ。それは大殿町なれば、板屋なく、ある限り檜皮なり。

普通の建物は「板葺き」、メインの大殿様の御殿は「檜皮葺き」とありますね。
さてその檜皮はどこから調達したかと申しますと、

『延喜式』(主計寮)
凡諸国所進修理職交易檜皮。

全国各地からのようですね。「交易」とあるのは、税として徴収したのではなく、お金を払って買ったということです。

『延喜式』(木工寮)
葺檜皮七丈屋一宇<葺厚六寸>料。三尺檜皮九百囲<三尺三寸為圍>。釘縄一千丈。葺工七十人。<無飛檐者減七人。檜皮八百囲。縄八百七十五丈。>

実際に檜皮葺をするのに、どれくらいの材料がかかるかについて書かれたもの。間口約21メートルの建物に、厚さ18センチの檜皮葺きにするとき、90センチの長さの檜皮、厚さ1メートルの束にして900束必要。いかに大量かわかりますね。

『海人藻芥』(恵命院宣守・1420年)
武士ノ家ニハ不造檜皮屋。皆板屋作ナリ。然近年称将軍家渡御ノ在所。各構檜皮屋畢。中門廊以下。月卿ノ家ニ同ジ。(中略)清涼殿ノ孫子庇ト申ハ。檜皮葺之庇ノ外ニ又板ビサシヲ指ル也。檜皮葺ニハ。時雨ノ音聞エ子バ。板ビサシヲ指テ時雨ノ音ヲ聞召サントノ為也。

室町時代の文献によれば、将軍以外の武士の家は板張りであった、と。そして御所清涼殿には軒先に板張りの「孫庇(まごびさし)」があり、これは檜皮は雨の音を吸収して無音なので、わざわざ雨音が聞こえるように板張りなのだ、とあります。
さて、王朝人がこれだけ目にした檜皮ですから、色彩でも「檜皮色」というものが生み出されました。

『宇津保物語』(国譲・下)
十月十五日、女御諸共に参り給フベしトテ、あるべき事ども皆定め給ふ。かくて皆参り給はんとて童下仕整へ大人卅人、童八人、唐綾の青色の五(重)襲、れうの上の袴、下仕八人、檜皮の唐衣、袿ども着たり。

「檜皮の唐衣」とありますね。『宇津保物語』の作者は、どうやら檜皮色がお好きだったようで、他の本よりも檜皮色の登場率が高いです。さて、この「檜皮色」あるいは「檜皮重ね」は、実際にはどんな色だったのでしょう。

『醍醐天皇御記』
延喜十八(918)年十月十九日。幸北野。(中略)雄鷂々飼源玆(玄+玄)。同教。小鷹鷹飼源供。良峯義方。以上四人、檜皮色布褐衣。鷂黄画鳥柳花形。紫村濃布袴。青接腰。帯。紫脛巾。

う~ん、わからず。

『三條家装束抄』(鎌倉時代)
狩衣事(中略)檜皮。面ひはだ色。裏同色也。或又花田裏。両説共無苦事なり。若年の人不用之。中年以後の人用之。老者は白裏。

重ね色目の説明として「面(おもて)ひはだ色。裏同色也。」とありますが、肝心の「檜皮色」がどんな色なのか説明がありませぬ。つまり言うまでもないポピュラーな色だったのでしょう。常識で考えれば薄い蘇芳色みたいなものでしょうかね。

『雁衣抄』(鎌倉中期)
狩衣色々(中略)檜皮。表蘇芳、裏二藍。老色。白裏ハ四十之後着之。

あ、ここでは「表=蘇芳色、裏=二藍色」になっていますね。40歳以上は高齢者扱いなので、白裏にして着る、と。これでだいぶイメージが明らかになりました。……と思いましたら、

『満佐須計装束抄』(源雅亮・平安末期)
狩衣の色々様々(中略)檜皮色の白裏と云ふは。赤色に白裏の付きたるなり。これも薄色白衣重ねておとなしき人の着るものなり。

表が「赤色」で、裏が白のことだ、とあります。ええ~??
ただこの「赤色」はレッドのことではありませぬ。上皇がお召しになるような特殊な色。「赤白橡(あかしらつるばみ)」とも呼ばれる色です。逆に言えば、ヒノキの皮のような色が、「赤色」なのだと推論できる、貴重な証言とも言えます。

画像は檜皮と「檜皮重ね」(表=蘇芳、裏=二藍)。なかなか渋い色合いですね。

(有職故実研究家 八條忠基さん Facebook投稿より)