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禅宗(臨済宗)高僧の道具衣

A bishop of Buddhist monk of Zen sect (Rinzai sect) in ceremonial vestment or dōgu-e.

中国における仏教は唐末の廃仏政策の為、其の後は僅かに禅宗がその命脈を保つこととなった。平安末期における末法思想は当時の公家政権の衰滅や、おごる平家の亡びゆく姿に現実の無常感を与え、末法濁世の故にこそ正法に立ち還ることを人々は念願した。
栄西、道元は当時の中国の宋に渡り新しい仏教により真実の宗教的安心を求めたのであった。道元の請来した曹洞禅はより古い仏教を求めたので、その理念は勿論、服装にも律的な要素を多分に含むこととなったが、栄西の臨済禅はその範を中国宋代仏教により、その全面的移入をはかった為、法衣も完全な当時の中国様式を踏襲することになった。栄西の主著『興禅護国論』の下巻「禅宗支目第八」には具体的な修行の行儀を述べ、法服については「大国の法服を用ふべし」と宣言している。
当時この法服(法衣)について従来の平安仏教と異なる意味で「からころも」とも称されている。
道具衣という意味は完全に装備された礼装の意で、頭に烏帽子(「くろもうす」とよみ、「えぼし」とはよまない)をかぶる、即ち黒の頭巾を折り畳んでのせた姿で、身には紗布衫しゃふさんという麻地の下襲したがさねをつけ、その上に直綴じきとつ飾り紐のある袖丈、袖幅の長い法服をつける。道具衣というのは九條袈裟等をふくめて全体を称する言葉であるが、この法服だけを道具衣と称する場合もある。この法服を丸打ちの組紐で作られた平行帯ひんごうたいで締める。
袈裟はそりのついている九條袈裟で必要以上に非常に大きいので俗に大袈裟という言葉が生まれた程である。更に坐具を左腕にのせている。これは礼拝の時に敷いて用いるのを本義とする。坐具を腕にかける位置は(1)袈裟の下、法服の上につける、(2)法服の袖の内側につける、(3)袈裟の上におく場合がある。それぞれの考えにより臨済の各派に於いても(1)と(3)の差があり、曹洞宗は(2)によっている。
足にはべっす(公家にいうしとうずと同じ)をつけ、法堂沓はつとうぐつをはく。
手にしているのは威儀を示すもので、これは警策けいさくという、坐禅の際などの乱れを叱正する用具である。ここでは師家の権威の象徴として手にしている。この警策にかえ威儀のものとしてこつ払子ほつす如意にょい竹箆しっぺい挂杖ちゅうじょうなど手にする場合もある。

イラストによる解説

イラスト1
  1. 烏帽子くろまうす
  2. 法服ほうぶく道具衣どうぐえ
  3. 九條袈裟くじょうげさ
  4. 環珮かんぱい
  5. 後背ごはいぶさ
  6. 坐具
  7. 警策けいさく
  8. 紗布衫しゃふさん
  9. 平行帯ひんごうたい
  10. 小袖こそで
  11. べっす
  12. 法堂沓はっとうぐつ